メインビジュアルスライド:逗子市議会議員 冨田剛平 つくろう、新しい逗子。

メッセージ

 

つくろう、
新しい逗子。

逗子は私の故郷です。「新しい逗子」を作るためには、批判や対決の姿勢だけでは前に進みません。
今の時代にこそ求められているのは、愚直に、ブレずに政策実現をしていく姿勢なのではないでしょうか。
その実現には、市民の政治への信頼、政治参加が不可欠です。
しかし、現状では「政治家って日々何をしているのだろう」と不透明さを感じている方は多いと思います。
私は、「まだ、逗子にない政策」を徹底的に追求し、実現の為に全力で取り組んで参ります。
そして、日々の生活に最も身近な市議会の場で何が起きているか市民に明瞭に伝え、透明性のある政治と市民との橋渡しとなり、「つくろう、新しい逗子。」を実現致します。

プロフィール

 

プロフィール写真

冨田剛平

とみたごうへい

0歳から逗子育ち・逗子ぐらし
介護・介護予防のエキスパート
(現役介護福祉士)
国際派・36歳・二児の父

  • 1989年4月17日生まれ、逗子市久木在住
  • 聖和学院幼稚園卒園、逗子市立久木小学校、久木中学校卒業
  • 成蹊大学法学部法律学科卒業(在学中にアメリカ合衆国カリフォルニア州へ留学)
  • 大学卒業後は東日本大震災の被災地福島県で介護の仕事を始め、現在もリハビリ特化型のデイサービスで現役の介護福祉士として高齢者の健康寿命延伸の為に働く
  • 家族/妻、長男(小2)、次男(幼稚園年中)
  • 趣味/野球、ランニング、美味しいビール探し

エピソード

1歳の頃、自宅にて。三点倒立をしようとしている?小さい頃からとにかく運動が好きだった。
  • 1989年4月17日、五人兄弟の末っ子として生まれる。
  • 1996年3月、聖和学院幼稚園卒業
    運動がとにかく好きで、よく遊び、よく怪我をする。
久木小学校の運動会にて。先生、友達に恵まれてのんびりと過ごした6年間だった。一年中、半袖、半ズボン、裸足で野人のように校庭を走り回っていた(当時のあだ名はゴリラ)。
  • 2002年3月、逗子オリーブス卒団
    主将を務め、リーダーの大変さ、そして大切さを学ぶ。
  • 2002年3月、逗子市立久木小学校卒業
    毎日野球漬けの日々を過ごす。一年中、半袖半ズボンで通学。
主将を務めた逗子オリーブス。ここでも、明るい監督、コーチ、チームメイトに恵まれ、野球が大好きになった小学校時代だった。
  • 2005年3月、逗子市立久木中学校卒業
    またまた毎日野球漬けの日々を過ごす。目標を持つ事の大切さを学ぶ。
  • 2008年3月、私立青藍泰斗高等学校卒業
    栃木県に野球留学をし、寮生活をしながら甲子園を目指す。チームワークの大切さ、競争の厳しさを学ぶ。
成蹊大学の卒業式にてゼミの仲間と。政治家になり、逗子をどうしたいか、じっくり考えながら正に青春といえる4年間を過ごした。
  • 2013年3月、成蹊大学法学部法律学科卒業
    在学中にアメリカカリフォルニア州へ留学。日本の良さを実感すると共に、国際舞台での競争力向上の必要性を痛感。
台北市内にて家族でハイキング。台湾の温暖な気候は本当に大好きです。
  • 大学卒業後は被災地復興のため父の故郷である福島県にて医療法人社団へ入社し、介護士として社会人生活がスタート。
  • その後台湾に渡り結婚、そして海外物流の仕事に携わることで語学のみならず海外諸国との競争の厳しさを学ぶ。
  • 帰国後はリハビリ特化型のデイサービスで管理職を務め、現在も現役の介護福祉士として高齢者の健康寿命延伸のために働く。
国民民主党玉木雄一郎代表と榛葉賀津也幹事長とのスリーショット。
  • 0歳から生まれ育った大好きな故郷であり私自身を育ててくれた逗子に政策で恩返しをするため、政治への挑戦を決意。
  • 2025年10月、次期逗子市議会議員選挙の予定候補者として国民民主党の公認内定。
選挙戦最終日、マイク収め。
  • 2026年03月22日執行の逗子市議会議員選挙にて1,542票を賜り、初当選。